私たちの教育が独裁者をどのように支えているか2

現状を維持するため、若い精神は、どれほど愚かで圧政的であっても、権力者と権力者が決めたルールに従う方法を学び、受け入れる必要があります。この文脈での教育とは、洗脳のための武器になります。

それゆえ、教育システムは年長者や権力者に疑いを持たず従うことに重点を置いています。若者は次第にこの虐待的なシステムでやっていくためには虐待者にならなくてはならないと学んでいくのです。

しばしば酷いものになる大学で行われる新入生しごきの慣習は、この教育制度によって制度化された軍事主義に根ざしています。暴力は集団的秩序を形成するために不可欠だとみなされています。彼らはそれを団結や調和と呼ぶかもしれません。私はそれをファシズムと呼びます。

クーデター直後、私の家の近くにある国営の幼稚園では、子供たちに軍の支配を受け入れるための週1回のある週間が導入されました。

兵士たちが怖がっている幼児に怒鳴って左や右を向かせ、黙らせ、泣くのをやめさせる間、母親たちは軍隊に服従する方法を学ぶ別の世代を無力に見守って立っていました。

タイの教育システムが支持しているのは軍事主義だけではありません。それに付随する多くの価値観も永続させています。例えば、性差別、独裁主義、超国家主義、人種差別、そして権力への挑戦と見なされる様々な見解を抑制(さらには破壊)したいという衝動などが含まれます。

これによって、家父長制が生活のすべてに浸透します。修道女は修道僧の召使、女性は妻や母親、または性的な対象、疑似的な奴隷としての家庭内召使、そして看護婦は単なる安価なヘルパーであり男性医よりも地位も給与も安く扱われます。

人種、領土、「同一性」に執着していることから、山地民と南マレー人のイスラム教徒は「外部者」と「国家安全保障の脅威」として差別されています。移住労働者の奴隷様の状況は無視され、反体制派は日常的に刑務所に送られたり、司法外で殺害されたりしています。

一方、領土国家主義と戦士王の物語が軍隊に栄光をもたらし、秩序を与えるため、近隣諸国に対する伝統的な嫌悪感が、歴史教科書に残っています。

軍が権力を握ろうとするのであれば、これは重要なことです。また、市民が軍国主義を受け入れ、同じファシストのイデオロギーに加入し、人権侵害を許し、虐待的なシステムの一部となることにもつながります。

教育システムが若者の精神を堕落させ続ける限り、タイの学生は国際的な舞台で敗れ続けるでしょう。売春や性差別のような問題が残り続けるでしょう。

完全な服従が私たちの社会の究極の文化的価値である限り、クーデターと軍政を止めることはほとんど望めません。

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